生駒山宝山寺 
 八王子分院 施法院  

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生駒山修験 

 修験嚢祖 役行者 神変大菩薩
 雑部開祖 婆羅門僧正 菩提仙那
 修験中興 理源大師 聖宝尊師
 生駒山修験中興 宝山寺第十六世 慧證和上

 経典 理趣経、唯識三十頌、その他経典 修験道聖典 
    修験道要典 修験道章疏 作法集 諸大事十結

  生駒山修験は、日本古来の神祇と仏の教えを
 仰ぎ尊び、各地の霊峰、霊山の聖地を巡り、
 山岳修業に励んでいます。
 中でも、生駒連山の霊地を修行の中心地と定め、
 往馬神社の御神体でもある生駒山を仰ぎ、現在は、
 宝山寺を活動拠点と位置づけています。

 その始まりは、宝山寺建立前の都史陀山 大聖無動寺の
 興福寺修験より始まります。
 大聖無動寺は戦国時代に衰退しましたが、その後も、
 御神体の修験行場として存続し、江戸時代に宝山寺開山の
 湛海律師が再興しました。
 その頃の石仏などは、今も生駒山中に点在しています。
 宝山寺門前の興隆と共に、再び修験も盛んとなりました。

 生駒山麓の修験は、藤原北家の流れを汲む武家商人が
 中心となり、大和地域独自の形態をしていました。
 中でも、生駒山修験は、江戸時代から明治の初めまで、
 尾張と讃岐の生駒家とも深い関係が続き、朝廷とも密接な
 関係にありました。

 当初は、大和、伊賀、伊勢、紀伊の産物を買い付け、
 その中でも、大和の黄柏と葛、生駒の蜂蜜と菜種油は
 有名で、胡麻油と反鼻(蝮を乾燥させた粉)も取り扱い
 京都、大阪へ売りに行く修験者の集まりでもありました。
 現在でも、阪本漢方製薬の葛根湯は、風邪に良く効く薬で
 有名です。

 江戸時代、大名家との間で、関銭を巡る争いが起きると、
 争いは合戦寸前にまで激化するほどで、朝廷と幕府が、
 仲裁を為し、大名家が陳謝する形で和解しました。
 この時、周辺の野山が一斉に燃え上がり、山火事が
 風に煽られ城下へ押し寄せると、大名家が降伏したとの
 事です。
 この後、生駒山修験は、寺社への巡礼化を進めた様です。

 その収益は、生駒周辺の村々の経済だけでなく、興福寺、
 西大寺、御室御所、近衛家を支えた程で、明治初期の
 神仏分離令まで続きました。
 その後、一時的に衰退するも、明治の終わり迄には、
 宝山寺第16世慧證和上の命により復興されていました。
 戦後、石切山へ移る傾向が強まり、生駒山側は一時的に
 活動が停滞しました。
 1997年9月に、生駒市民及び宝山寺の記録と証言、
 慧證和上付法の弟子である渡部先生の記憶と新たな
 法流の相伝により、生駒山修験の梃入れを計りました。
 現在は、生駒周辺の真言宗寺院と当山派修験関係者を
 活動の中心とする集まりとなっています。

 生駒山修験は、生駒山を御神体として信仰していますが、
 密門、験門、顕門の所属寺院・教会を有しています。
 各寺院・教会の道場には、それぞれ学風と方針があり、
 修行方法は、各自の実情に合わせ、日々務めています。
 八宗兼学の基本は、各道場全て共通です。
 必要な知識や技能の習得も積極的に行う学風です。

 宝山寺般若窟修験道は、生駒山般若窟の弥勒信仰と共に、
 明治初期の廃仏毀釈により、三輪山平等寺を追われた僧が、
 宝山寺に身を寄せた際、興福寺相伝の当山派修験道を伝え、
 三輪山流神道を継承したのが始まりです。
 明治以降、宝山寺では、生駒山修験と三輪山神道は、
 合流しましたが、1997年9月、信徒による生駒山御神体の
 祭祀に関する帰属問題が再燃した為、生駒山を御神体と
 仰ぐ、神仏習合の生駒山修験と宝山寺の相伝を修学する
 般若窟修験道に分かれました。
 現在の生駒山修験は、各宗及び各宗派の連合体で形成され、
 伝承等の継承問題は別にして、独自の活動を行っています。

 尚、当山派修験道には、大きな流れとして興福寺党呪師部と
 醍醐三宝院党修験部があり、三輪流神道の相伝は、主に、
 興福寺党が修学の中心でした。
 互いに共通する部分も多くありますが、継承の流れに、
 大きな違いがあります。
 現在も、宝山寺の勤行では、当時の継承を大切にしており、
 唯識三十頌を唱えています。

 生駒山修験は、当山派修験道を始め、真言宗の教義や
 雑部密教、神道などの御教えを通し、不動明王、歓喜天等の
 秘伝を継承しています。
 歓喜天の他にも、吒枳尼天、大黒天、三宝荒神等の
 秘術修法の研鑽にも務めています。

 当院は、修験教義の中でも、当山派修験道峰中法流、
 雑部密教、三輪流神道を重んじ、真言秘伝の法灯を
 継承しています。
 法相の教えも取り入れた古儀の当山派修験道の継承にも、
 務めています。
 生駒山修験復興の祖である慧證和上より、生駒山修験宗家を
 託された渡部先生から、当院が生駒山修験の宗家を引継ぎ、
 2019年2月3日より、御供菓子の歓喜団研究も再開しました。

 当院独自の御供所として、生駒山修験八王子歓喜團を備え、
 歓喜天に関する専門知識の集約に務めています。
 当院の歓喜団は、歓喜天と双身毘沙門天に供える特別製法で、
 朝廷より製法のお許しを戴いた格式の高い生駒山歓喜團です。 

 当院独自のテ-マとしては、柱源神法と歓喜天信仰を中心に、
 修験の研鑽に務め、
 柱源神法は、十界一如の理法。
 歓喜天法は、十界具融の智法。
 金胎不二が表す理智不二の大法としています。
 柱源神法は、役行者が箕面の大滝で龍樹菩薩の霊夢に
 導かれ、授かったと言われる修験道最高奥義です。

       図1 柱源神法理護摩壇
  
  当院は、護摩壇ではなく聖天壇で修法しています。

   図2、生駒山般若窟と宝山寺本堂
  
  画像上の方、役行者が修行したと伝わる神仙窟


生駒山宝山寺 
 八王子分院 施法院  

 〒192-0024 
東京都八王子市宇津木町127-5(本堂)

生駒山修験 宗家
施法院八王子歓喜團
 八王子市宇津木町127-6(社務所)

電話(社務所) 042-696-5882


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